Act.U
日が落ちて暗くなってしまったが、街はまだ家路に急ぐ人が多数行き交う・・・・・・そんな時間。
「また仕事・・・・・・探さなきゃならねぇな」
誰も自分のことなど知りはしないとわかっていても、なぜか胸に込み上げる疎外感が嫌で、ひと気のない公園に逃げ込んだカイジは、一人小さく呟き、ため息をついた。
本格的冬到来に備えてダウンジャケットを購入したら、財布の中身はごくわずか。
――あんときは、こんな有り様になるとは思わなかったな。
遠藤に言わせればそこそこのグレードという話だが、カイジとしては一度も足を踏み入れる機会などないようなホテルの一室で大金の山を築き、山分けし・・・・・・すべてがうまく行きそうに思えた、あの夏の日。
今は冬の足音も近い秋。たった数ヶ月前のことなのに、思い出せばすべてが遠い昔のことのよう。
あの大勝が夢でない証拠は、この身がここにあるということ。あの日あの時がなければ、カイジは今も、暗い地の底で虫けらのごとく這いずり回っていたはずだ。
自分と入れ違いに、あの闇に堕ちていった男を思い出しかけ・・・・・・やめる。
――一条のことだ。したたかにやってるだろ・・・・・・もしかしたら俺のときより早く地上に戻ってくるかもしれない。それより・・・・・・
問題は自分だった。一条と再び対峙する前に、自分の方が消えていたのでは話にならない。だが、今のままではそれも時間の問題のような気がしている。
今のカイジはネットカフェを点々として、仕事は短期の肉体労働が主。いわゆるネカフェ難民である。
裏ギャンブルで大勝の夢を再び見たところで、大勝負出来る元手はなく、結局小博打に熱くなって手仕舞い。結局、遠藤と出会う以前の自分と何も変わらない。
――いっそ、帰るか?実家に・・・・・・
カイジは自分の右足の裏を意識する。スニーカーのインソールの下には、折りたたまれた1万円札が一枚忍ばせてあった。
本当にどうにもならなくなったときの非常用。財布に多少の現金が入っているときでさえ、この考えが浮かぶたび、なぜか隠してある『最後の糧』に意識がいってしまう。
田舎に帰るというのも、体勢を立て直すための選択肢の一つではある。確かにすべてをなくしたとはいえ、借金も消えたのだ。その面では帰ったところで、母にも姉にも迷惑をかけることもない。
カイジはかぶりを振った。
家族は優しくカイジを迎えてくれるだろう。そしてそれに甘え、ずるずるとぬるま湯の日常に浸る自分の姿が、容易に想像できたゆえである。
一人前の男となるために、懐かしい家を出てきたのだ。帰るときはそれを成し得たときのみ。
ではどうするのか?
いくら考えても同じところに辿りつく思考に、カイジ自身、げんなりする。
成功の手段に『大博打』しか思いつかず、それに挑むための大金を融通してくれるところとなると、憎たらしい男の顔しか思い浮かばないのだ。
本当につくづく自分の世界は狭い……そんなことを思いながら肩を落とし、とぼとぼと公園内をぶらつきながら今日の宿をどうするか思いをめぐらせていたとき、ドンッと背中に何かがぶつかった。
何事かと後ろを振り向く間もなく、布で鼻と口を覆われ、どこか甘さの混ざる刺激臭を無理矢理嗅がされる。
揮発性の液体を染み込ませた布の白さをだけが瞼の裏に残り、カイジは意識を失った。
(時間軸:『沼』より数ヶ月、坂崎家にご厄介になる前)
Act.V
――それにしても、ホントに経験あるのか?コイツ
幾度となく啄ばまれるだけのくちづけもそれなりに心地いいのだが、前戯としては少々物足りない。男の相手など冗談じゃないと思っていた遠藤だが、どうしたわけかカイジとは体の相性のようなものだけは悪くないらしい・・・・・・触れ合う素肌が妙に馴染み、同性同士という嫌悪感は不思議と湧かなかった。
遠藤はわずかに唇を開くと、舌でカイジの歯列を割り、滑り込ませる。
くちづけることに積極的だったカイジだが、まさか遠藤の方からそんなことをされるとは思わなかったらしい。怯えるように内側に縮み、遠藤の舌から逃げようとするが・・・・・・やがて触れられると背筋が甘く疼き、その感覚に溺れるように遠藤の舌に自分のそれを預ける。
しばらく舌同士が戯れ、ぷはっ…と、くちびる同士が透明な糸で一瞬繋がれて離れると、カイジは遠藤の厚い胸板に頬を寄せ、ヒシッとしがみつき・・・・・・沈黙。
遠藤の方はどうにか使用可能な状態となり、カイジに到っては最初から張り詰めていたが、カイジは遠藤にしっかりしがみついたまま、動こうとしない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
このまま添い寝で終わればこれほど楽なこともないが、うっかりこっちが寝息をたてたら、何をされるかわかったもんじゃない。
どうしたもんかと思いつつ、こんな生き物、いたなぁ・・・・・・などと遠藤はいらんことを、つらつらと思い出していた。
帝愛主催、研修会と称する慰安旅行。グループの結束を図るというのが目的ということになっているが、直営以外の系列会社の費用は自腹。つまり集金イベントである。
建前上は自由参加。別に行かなくとも良いのだが、その場合、翌年度回される仕事は大概ロクでもないものとなる。
数年前のその旅行先はオーストラリア。
もう割り切ってゴルフだけ楽しむつもりの遠藤だったが、結束を深めるためという良くわからない理屈で、いい大人がぞろぞろと集団行動を強いられる羽目になり、連れて行かれたのがコアラ園。眠たそうな灰色の動物を抱いて写真を撮ることを強いられた。
親子連れならまだしも、何が悲しゅうて・・・・・・などと思いつつ、実は頼りは遠藤だけというようにヒシッとしがみついてくる暖かいぬいぐるみのような生き物に、ちょっぴり癒されたりしたのだが・・・・・・ぞろぞろと表情のわからない黒服たちが黙々とコアラを抱いて写真を撮る図というのは、なにやらシュールな光景で・・・・・・
イメージの中の黒服集団にドン引きしたら、先ほどまでなんとか使えそうな状態になっていた自分のそれが、しおしおと萎えてしまった。
「・・・・・・おいっ」
「・・・・・・んっ?」
「蝉みたいにひっついてないで、触るなりなんかしろっ!お前だってすっきりしたいんだろうがっ」
別にそれほどしたいとは思っていないのだが、最初から最後まで使えない状態だったら『男相手に勃たねぇよ』で済むものを、なまじ一応使用可能状態だっただけに、このまま何もせずに終わってしまっては後で不能だのなんだの、不名誉なことを言いふらされかねない。
男のプライドとは変な所についている上、厄介である。
「・・・・・・やだ」
「はぁ?」
「これ以上したら俺・・・・・・俺がイっちゃったらあんた、義務は済んだって顔でまたどっか行っちまうんだろうが」
――この早漏がっ
(時間軸:『17歩』終了後)